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名鉄8800系電車

8800系電車(8800けいでんしゃ)は、かつて名古屋鉄道に在籍していた特急形電車。
1984年(昭和59年)12月に登場した。

後述するが、ハイデッカー展望室や、プライバシーを尊重したセミコンパートメント、ゆったりしたソファーなどを設置し、それまでの名鉄特急用の車両にはない豪華さを売り物とした車両である。パノラマカーの進化形としてパノラマDX(パノラマ・デラックス)の愛称を持つ。大胆な車体塗色の白色は、のちに登場する1000系よりもクリーム色がかった本系列固有の色調であった。

これまでのパノラマカー7000系・7500系では運転室に入るには車外から梯子を使って登らなければならなかったが、この8800系では運転室を展望室の先に設置し、また運転室への扉を旅客用扉より少し低い高さで設置した。運転室自体も床面は低いが、運転席は通常の低運転台車両と同じ高さとしてある。

登場時はモ8800形の2両編成(車両番号の奇数車と偶数車で電動車ユニットを構成する)で運転していたが、1989年(平成元年)に中間付随車(サ8850形)を新製して1両ずつ組み込み全車特別車の3両編成となり、4本12両が在籍していた。1992年(平成3年)から2005年(平成17年)までは8801・8803・8805編成の3本が主に津島線・西尾線の定期特急列車用に、8807編成1本が団体用にそれぞれ運用されていた。同編成は団体による貸切列車の他、イベント列車としても用いられた。その一つに、夏のイベント列車「ビール列車」があった。これは2004年(平成16年)まで運行された。

しかし、その特殊な仕様が災いして定期特急列車の利用客からの評判は芳しくなく、また電動車の走行装置は7000系からの流用品であり最高速度が110km/hであったため、2005年に同じ特急特別車用の2000系・2200系の大量投入に伴って全車両が廃車され、保存用に8803号の展望室部分がカットされたほかはその後解体された[1]。また、保存用のカットボディは台車とともに舞木定期検査場で保管されており、一般公開時に展示される。

本系列のデザインとコンセプト、ことに逆転の発想とでも言うべきハイデッカー展望室構造は1000系に受け継がれただけでなく、伊豆急行2100系をはじめとして日本国有鉄道(国鉄)やJRグループのジョイフルトレインにも影響を与えた。

側面種別・行先表示器は営業運転終了まで日本語表記のみで、青地に白文字の28コマ表示であった[2]。一時期、前面表示が通常のパノラマDXではなく、マーメイドとなっていたことがある。パノラマカーと同様に、号車番号はサボを挿入して表示していた。

1・3号車の先頭部分に中2階の展望室があった。トイレと洗面所が2号車に、清涼飲料水自動販売機が3号車にそれぞれ設置されていた。また、LED式の旅客案内表示装置が区画ごとに設けられていた。

定期列車に用いられる8801 - 8805編成の座席は、1・3号車に展望席が4列16人分、4人用と2人用のセミコンパートメント席が各3区画18人分(いずれも向かい合せ固定座席、2次車8805編成以降は2人用の区画がなく回転リクライニングシート)、窓に背を向けて座る「サロン席」が6人用2区画12人分あった。また、2号車はキハ8500系と同型のリクライニングシートが16列並ぶ通常の特急列車仕様の座席だが、下記の理由で4箇所側窓に面していない席があった。客扉が1か所のみのため、座席数は62名分で「特別車」では最も多かった。

団体用となっている8807編成の2号車は、4人用と2人用のセミコンパートメントがあり、室内の一部がラウンジになっていた。ラウンジのテレビでは衛星放送の受信も可能であった。また、1・3号車には上記の設備に加えて6人用のコンパートメントも設けられていた。

他の編成も落成時は8807編成のような仕様となっていた[3]が、1992年以降、上記のように改造された上で2005年まで使用された。

2号車のサ8850形は、ラウンジ部分の通路幅を確保するために車体断面が1000系に準じた側板がやや立った形状に変更されたので、外観上この中間車だけが膨らんで見える。ラウンジ部分は屋根と側窓位置も高い。またセミコンパートメント席部分との境および車端の吹き寄せ幅が広く、後年この部分にも座席が設けられたため「窓なし席」が生じることになった。

冷房装置は冷却能力15,000kcal/hと大容量の集約分散式を初採用し、各車2基搭載する。間接照明を採用したため天井高さは2,070mmと低い。

歴史 [編集]
1984年(昭和59年) - 日本で最初のハイデッキ構造の展望室を備えた車両として登場。
知多新線・河和線内海駅(一部河和駅) - 犬山線新鵜沼駅間を結ぶ特急列車として用いられた。他の座席指定特急よりも格上で、座席指定券も「デラックス特急座席指定券」となり、1乗車500円であった。
1985年(昭和60年) - 鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞。同年1月には7000系白帯車と連結した6両編成で豊川線豊川稲荷 - 名古屋方面の初詣列車に使用される。
1987年(昭和62年) - 2次車2両編成2本(4両)増備。展望席の前面窓にワイパーが装備された。
1989年(平成元年) - 中間にサ8850形が増結され、3両編成となった。座席指定料金は消費税導入を踏まえ520円とされた。付随車連結に当たり電動車のパワーアップ(主電動機出力75kW→90kW、弱め界磁率40%→33%、限流値320A→380A)が施工された。
1990年(平成2年) - 「特急」に料金不要の一般席が加わったため、本系列の位置付けが座席指定特急用車両から特急「指定席車」用車両となる。
1992年(平成4年) - 主に津島線・西尾線の定期特急列車に転用される。同時に「デラックス特急」としての別格扱いが廃止となり、座席指定券は他の特急と同様の310円に値下げされた。
1995年(平成7年) - 座席指定券が350円に値上げされた。
1999年(平成11年) - 特急に関する制度が変更され「指定席車」から「特別車」に変更となる。「座席指定券」は「μチケット」に名称が変更された。
2000年(平成12年) - 8807編成が東海豪雨により冠水した須ヶ口駅にあって水没したが、修理を受け復帰した。
2005年(平成17年)1月29日 - ダイヤ改正により運用を離脱。その後小牧線間内駅 - 牛山駅間の検車場予定地にて解体された。

編成 [編集]
←豊橋 新岐阜(現在の名鉄岐阜)→
モ8800(Mc1,1号車) - サ8850(T,2号車) - モ8800(Mc2,3号車)

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2009年03月24日 12:00に投稿されたエントリーのページです。

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